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10年間の朝礼を振り返る 2

仕事の仕方にはいろいろなレベルがある。
それは勉強の仕方も同じ。

『言われなくても進んでやる仕事をいくつか持ちましょう』

朝礼の一節。
言われたことを言われたとおりにする。大事なこと。それが出来た上でどうするか。そこで差がつく。

言われたとおりに実行することが精一杯ならそれはそれでOK。しかし、それがもし8割の力で出来るのなら、残り2割でその他必要と思うことをする。そこに仕事、勉強の楽しさが生まれる。

観察力が源にある。
よく見ている人は、よく気付く人になれる。
よく気付ける人はよく愛される人になれる。
よく愛される人は、よく仕事を頼まれる人になれる。
そうやって自分の可能性、役割を広げていき、欠かせない人間に育っていく。

そしてもう一節。

『決まりになくても必要と思えばやりましょう』

決まりにないことだが必要だと自分ではなんとなく思っている。で、それをやるか、やらないか。例えばテスト直しが宿題だとして、直して終わりか、まちがえた漢字を5回ずつ書いてみるとか、なぜ間違えたかを書き留めておくとか。似た問題をテキストから探して解いてみるとか。
成績の良い人ほど、どうしたら成績が上がるかをよく考えている、そして実行している。成績が良くない人ほど近道ばかり、楽な道ばかり探している。

本来何かを身につけ自分のものにしようと思うなら、あえて遠回りするくらいの気持ちが必要である。
仕事にしろ勉強にしろ薄っぺらいやり方得たものはすぐにはがれて何も積み重ねることはできない。
池上さんも言っている。
「すぐに役立つ知識はすぐに役立たなくなる」

最後にもうひとつ。
仕事も勉強も上司の顔色、先生の顔色ばかりうかがっていては発展していかない。ルールや上下関係にとらわれず、自分の中から生まれたことを自分の責任においてする、それを“自由”という。自由は自分の中に理由があるということだと僕は思っている。

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